大阪高等裁判所 昭和47年(行ス)4号 決定
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔決定理由〕本件抗告理由を要約すれば次のとおりである。
(一) 本件教育課程を言渡した処分は、生徒の能力、適性、将来の進路等を無視し画一的な教育を行うことを目的とするもので、たとえ大阪府教育委員会の承認を得たとしても憲法第二六条、教育基本法前文および第三条、学校教育法第四二条に違反することは明らかである。しかるに、原審がこの点に対する判断を避けたのは違法である。
(二) 原決定は、本件教育課程によれば、旧課程に比し数学Ⅲにおいて二単位、物理Bにおいて一単位それぞれ多く授業を受けることになることを認めながら、それにより回復困難な損害を被ることはないと判断した。しかし、右判断は次の理由により誤つている。
(1) 右旧課程の単位数を超過する部分は同時に文部省告示学習指導要領の標準単位数をも超過している。このように標準単位数をこえて単位数を配分する場合には、生徒の負担過重とならないよう慎重に配慮する必要があるのに、本件教育課程はこの配慮に欠けている。その結果、抗告人の長女千代子は数学Ⅲおよび物理Bが甚た不得手で、これらの科目を入試科目としない大学へ進学するつもりであるのに、本件教育課程の実施により右科目の学習を強いられ、これに頭脳体力を消耗してそのため自己が選択しようとする入試科目の学力向上を著しく妨げられることとなつた。
(2) 原決定が指摘する化学の補習授業なるものは多人数(九〇名ないし二〇〇名)を大講堂に集め、机なしで行われるものではほとんど実効性のないものであるから、これがあるからといつて化学の学力の向上を期待することは到底できない。
思うに、行政処分の執行停止は、(イ)回復困難な損害を生ずること、(ロ)緊急の必要があることを積極的要件とし(行政事件訴訟法第二五条第二項)、(ハ)公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれのあること、(ニ)本案について理由がないとみえることを消極的要件とし(同条第三項)、その内一が欠け(積極的要件につき)、もしくは一が存しても(消極的要件につき)これを許すべきでなく、その場合には他の要件につき判断するまでもなく申立を却下して差支ないのである。これを本件についてみるのに、原決定は、本件申立につき右(イ)の要件を欠くものと判断して右申立を却下したのであり、右判断は、後記認定のように相当であるから、本件行政処分が憲法、教育基本法、学校教育法に違反するか否かの点(この点は右(二)の要件に当る)につき判断しなかつたからといつて違法ではない。抗告人の(一)の主張は採用できない。
次に、本件教育課程の実施により三年生が学習指導要領標準より数学Ⅲにおいて二単位、物理Bにおいて一単位をそれぞれ超過する授業を受けるに至ることは当事者間に争がない。しかし、右超過授業の時間数は週三時間に過ぎないから、予習復習等の時間を考慮に容れても、抗告人がいうようにそれが他の科目の学習を著しく妨げる程の体力精神力の消耗をもたらすものとはとうてい考えられない。生徒にとつては本件教育課程による授業を受けながら自己が必要とする科目の学習をすることは決して困難でなく、またその必要があればそうすべきものである。さらに抗告人は、週一回の化学の補習授業が実効性の乏しいものであると主張するけれども、右補習習授業がそのようなものであることを認めうる資料はない(疎甲第九、一〇号証だけでは抗告人主張事実を認めるに足りない。)ばかりか、そもそも右補習授業は、化学につき既に第一、二学年において学習指導要領の標準単位数四単位を超える五単位の授業を終了した(この点については当事者間に争がない。)後の文字通り補習授業として行われているものでもとより正規の授業ではない(正規の授業として行う必要のないことは右認定の標準単位数の授業を既に終了している事実に徴し明らかである。)から、その授業を受けると否とは生徒の自由であり、したがつて、かりに右授業が抗告人主張のように実効性の乏しいものであつても、積極的効果がないというだけで消極的効果をもたらすものとは考えられないから、それが化学の学力の向上を妨げる要因となるものではない。以上の理由により本件教育課程が実施せられても、抗告人の長女千代子が回復しがたい損害を被るものと認めることはできないし、まして同女の父である抗告人が回復困難な損害を被り、これを避けるための緊急の必要があるとは認められないから、抗告人の(二)の主張は採用できない。
(岡野幸之助 入江教夫 高橋欣一)
〔参考 抗告の趣旨〕
一、原決定は之を取り消す。
二、相手方大阪府立八尾高等学校校長が昭和四七年四月八日に、同月十日より実施、同校全日制課程普通科の教育課程につき第三学年生徒に言渡した処分中、第三学年理科系生徒に対する物理B一単位、同系女子生徒に対する数学Ⅲ二単位の授業を本訴判決が確定する迄停止する。
との裁判を求める。